生成AI導入率57.7%の裏側:日本企業を停滞させる「リテラシーの空洞化」と「技術的負債」の正体

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ノイズの多いAIの世界から、未来を読み解くための本質的な「シグナル」をあなたに。

ロジです。

野村総合研究所(NRI)が2025年11月25日に発表した「IT活用実態調査(2025年)」。このデータが映し出す日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の現在地は、極めてアンビバレントな状態にあります。

数字を見れば、生成AIの導入率は57.7%。過半数の企業が新たなテクノロジーを受け入れました。しかし、詳細なデータを読み解くと、ツール先行の歪な構造が浮かび上がります。扱う「人」の準備不足と、支える「基盤」の老朽化です。導入フェーズから活用フェーズへの移行期にある今、多くの企業が直面しているのは初期の技術的な戸惑いではなく、組織として使いこなせないというガバナンスとリテラシーの壁でした。

本稿では、NRIの最新データを基点に、日本企業が抱える構造的な課題と、脱却に向けた戦略的視点を論理的に紐解きます。

この記事は、次のような方へ向けて書きました。

  • 企業のDX推進担当者や経営企画部門の方
  • 生成AIを導入したものの、現場での活用や効果創出に課題を感じているリーダー層
  • レガシーシステムの刷新やIT人材の育成に携わるマネジメント層

ツールを導入しただけで満足せず、それを競争力へと転換するために。避けては通れない現実を直視しましょう。

IT投資の減速は「停滞」か、それとも「選別」の始まりか

まず、企業のIT投資意欲の変化に着目します。調査によれば、2025年度のIT予算が「増加した」とする企業は49.0%。前年の59.0%から10ポイント下落しました。2026年度の見込みも47.5%。増加基調は維持されていますが、勢いは明らかに鈍化しています。

投資の質的転換

この減速を、景況感の悪化と短絡的に結びつけるべきではありません。過去数年間の「緊急避難的なデジタル化」や、生成AIブームに伴う「とりあえずの検証投資」が一巡した結果と見るべきです。企業は無差別なIT投資を見直し、確実なROI(投資対効果)が見込める領域へ資金を集中させる「選別」のフェーズに入りました。

予算の総額が増え続けること以上に重要なのは、その内訳です。「既存システムの維持(ラン・ザ・ビジネス)」に消えているのか、「新たな価値創造(チェンジ・ザ・ビジネス)」に投じられているのか。後述するレガシーシステムの問題を考慮すれば、日本企業のIT予算の多くがいまだに「守り」に割かれている可能性が高い。予算の伸び悩みは、攻めの投資への余力が枯渇しつつある兆候とも読み取れます。

生成AI導入57.7%:キャズムを超えた先の現実

生成AIの導入率は57.7%(前年44.8%)に達しました。「導入検討中」を含めれば76%。もはや生成AIは目新しい技術ではなく、標準的なビジネスインフラとしての地位を確立しました。イノベーション普及理論におけるキャズム(深い溝)を完全に超え、マジョリティ層への浸透が完了したと言えます。

「導入」の中身を問う

しかし、ここで立ち止まって考える必要があります。「導入済み」という回答の粒度はあまりに粗い。全社的に高度なRAG(検索拡張生成)システムを構築している企業もあれば、ChatGPTのWeb版へのアクセスを許可しただけの企業も混在しているからです。

今の日本企業に必要な問いは「導入したか?」から、「業務プロセスに統合(インテグレート)できているか?」へとシフトしなければなりません。チャットボットを設置しただけの状態を「導入」と定義して満足していれば、生産性向上に寄与しないばかりか、組織的なリスクを抱え込むことになります。

【ロジの視点】

生成AIの導入率上昇と、企業の知的生産性の向上はイコールではありません。ツールを渡すことと、ツールで価値を生み出すことの間には、大きな隔たりがあります。多くの企業が今、その隔たりの前で立ち尽くしている状態です。

組織を蝕む「リテラシー不足(70.3%)」の深刻度

本調査で最も警戒すべきデータがあります。生成AI活用の課題として「リテラシーやスキルが不足している」と回答した企業が70.3%に達し、前年から約5ポイント増加したという事実です。導入が進むにつれて、技術的な問題よりも「人」の問題が深刻化しています。

欠如している3つの能力

ここで言うリテラシー不足とは、プロンプトエンジニアリングの巧拙といった表面的なスキルを指すのではありません。より本質的な、以下の3つの能力の欠如です。

  1. 課題設定力: AIに何を解決させるべきか、業務上の課題を言語化する力。
  2. 批判的思考力(クリティカルシンキング): AIの出力結果を検証し、事実確認や論理的妥当性を判断する力。
  3. リスク感度: 機密情報の入力可否や、権利侵害のリスクを直感的に判断する力。

現場レベルでは「過度な依存」と「過度な忌避」という二極化が進んでいます。適切な教育なしに強力なツールを与えられた従業員は、誤情報をそのまま顧客に伝えたり、逆にリスクを恐れて利用を放棄したりします。「リテラシー不足」が7割を超える現状は、DX推進における最大のボトルネックが教育にあることを如実に示しています。

リスク管理の不備

課題の2位には「リスクを把握し管理することが難しい」(48.5%)が挙がっています。リテラシー不足とリスク管理の不備は密接に連動します。従業員が何を入力し、何を出力しているのかを企業が把握できていない状態は、情報漏洩やコンプライアンス違反に直結します。ガイドラインの策定に加え、それを遵守させるためのシステム制御や、継続的なモニタリング体制が不可欠です。

レガシーシステム:AI活用を阻む「47%の壁」

生成AIがどれほど進化しても、活用するための「データ」が整備されていなければ機能しません。調査では、アプリケーションの47.3%、基盤系の48.2%がいまだにレガシー環境に残存していることが明らかになりました。

データの孤立

レガシーシステムの問題点は、維持費やサポート終了といった運用面にとどまりません。最大の問題は「データが密閉されている」ことです。メインフレームや古いオンプレミスサーバーに閉じ込められたデータは、最新の生成AIからアクセスすることが困難です。

企業独自のデータをAIに学習させ、回答精度を高めるRAGなどの手法において、データへのアクセシビリティは生命線です。「ブラックボックス化・有識者不足」(51.6%)が懸念されるシステムを抱えたままでは、AIは一般的な回答しかできず、企業固有の価値を生み出せません。レガシー刷新は保守作業の枠を超え、AI戦略の前提条件(プレレキジット)となります。

KEY SIGNAL:

生成AIという最新のエンジンを搭載しても、組織の基盤(レガシーシステム)と操縦者(人材)が旧態依然であれば、企業はその性能を発揮できず、制御不能に陥るリスクすらあります。

「ITストラテジスト」不在が招く戦略なき導入

最後に、人材面での課題を見ます。衝撃的なのは、IT活用戦略を立案する「ITストラテジスト」の必要性が71.9%であるのに対し、保有率がわずか29.6%というギャップです。

実行部隊はいても、司令塔がいない

プロジェクトマネージャー(PM)の保有率は55.0%と比較的高い数字を示しています。しかし、PMは決定されたプロジェクトを遂行する役割です。対してITストラテジストは、ビジネスの経営課題をテクノロジーでどう解決するかという全体図を描く役割を担います。

生成AIの導入は、業務プロセスやビジネスモデルそのものの変革を迫ります。この変革を主導できるストラテジストが不在であれば、企業は「他社への追随」を目的にAIを導入し、現場へ丸投げして混乱を招くパターンに陥ります。外部採用が困難な現在、社内のドメイン知識を持つ人材をリスキリングし、戦略家へと育成するパスを確立することが急務です。

まとめ:2025年のシグナルは「技術」から「組織能力」への回帰

今回は、NRIの「IT活用実態調査2025」を基に、日本企業の生成AI活用の実態を分析しました。

この記事のポイントをおさらいしましょう。

  • 導入率は飽和: 生成AIの導入は57.7%まで進み、競争優位の源泉というよりはビジネスの前提条件になった。
  • リテラシーの壁: 7割の企業でスキル不足が課題となり、ツールの進化に従業員の適応力が追いついていない。
  • レガシーの制約: 約半数のシステムがレガシー化しており、AIへのデータ供給と連携を物理的に阻害している。
  • 戦略家の不足: ITストラテジストの圧倒的な不足が、AI活用の方向性を不明確にしている。

導入の熱狂が去った今、私たちに見えているシグナルは明確です。「魔法の杖」を探すフェーズは終わりました。教育、データ整備、リスク管理といった地道な課題に取り組んだ企業だけが、AIの実利を手にします。2026年に向けて、あなたの組織が投資すべき対象はライセンス料ではなく、それを使う「知恵」と「基盤」です。

以上、最後まで記事を読んでいただきありがとうございました。

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運営者は、ロジ。博士号(Ph.D.)を取得後も、知的好奇心からデータ分析や統計の世界を探求しています。

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