ロート製薬の「ES廃止」が告げる、言葉のインフレと身体性の復権

AI

ノイズの多いAIの世界から、未来を読み解くための本質的な「シグナル」をあなたに。

ロジです。

ニュースのヘッドラインを見た瞬間、思考が一瞬停止し、次の瞬間に激しい同意が押し寄せてきました。

ロート製薬が、2027年卒の新卒採用からエントリーシート(ES)を全廃し、応募者全員との15分間の対話「Entry Meet」を導入する。

この決定は、一企業の採用方針変更として片付けるには、あまりに示唆に富んでいます。

世の中の企業が「AI活用による選考の効率化」に血眼になる中で、真逆のベクトルへ、それも極端なまでの「非効率」へ舵を切ったのですから。

なぜ、彼らはあえて茨の道を選んだのか。

ここには、AIが言葉を大量生産する時代において、私たちが直面する「人間であることの証明」という重い問いが隠されています。

今回は、このニュースを起点に、AI時代における「信頼」の所在がどこへシフトしていくのか、私の視点で解像度高く分析します。

この記事は、次のような方へ向けて書きました。

  • AIによる業務効率化を進めつつも、何かが抜け落ちていく感覚に不安を覚えている方
  • 「最近の若手は掴みどころがない」と感じている経営層やマネジメント層
  • これから社会に出るにあたり、AIには代替不可能な自分の価値を模索している学生

常識の皮を一枚めくって、その下にある本質を直視しましょう。

「整いすぎた日本語」は、もはや誰も信用していない

崩壊したスクリーニング機能

採用担当者の苦悩が手に取るようにわかります。

送られてくるESのどれもが、あまりに完璧すぎるのです。論理構成に隙がなく、誤字脱字もなく、企業の求めるキーワードが絶妙なバランスで配置されている。

ChatGPTやClaude以降、この傾向は決定的になりました。

かつて、文章力はその人の思考の深さや論理性を測るための有効な指標でした。だからこそ、ESによるスクリーニングは機能していた。

しかし、テクノロジーがその相関関係を断ち切りました。今や、洗練されたテキストを出力することは、その人の知性を証明するものではなく、単に「適切なプロンプトを入力した」という事実に過ぎません。

ロート製薬が懸念した「内容の均質化」とは、情報理論的に言えば「信号(シグナル)の消失」です。

全員がAIという平均化装置を通して出力するため、個人の特徴という「差異」が消滅し、選考判断に必要な情報量が得られなくなった。彼らは、テキストデータによる選考が、もはや形骸化していることを冷徹に見抜いたのです。

言語情報の価値暴落

私たちは今、未曾有の「言葉のインフレ」の中にいます。

生成AIによって、コストゼロで無限に生成されるテキスト。供給過多になれば、当然その価値は暴落します。

美しい志望動機?

感動的な自己PR?

画面上のテキストデータである限り、そこに信憑性は宿りません。

読み手である企業側も、書き手である学生側も、薄々気づいていたはずです。「このやり取りに、本質的な意味はあるのか?」と。

ロート製薬は、その「王様は裸だ」という事実を、制度の廃止という強烈なアクションで公言しました。

「15分の対話」というコストが保証する信頼

非効率という名のフィルター

では、なぜ「対話」なのか。

数千人規模の応募者全員と15分話す。人事部のリソースを考えれば、正気の沙汰とは思えないコストです。

しかし、この「コストがかかる」こと自体に、戦略的な意味があります。

進化生物学やゲーム理論の領域では、コストの高い行動こそが、正直な信号(オネスト・シグナル)として機能すると考えられています。

テキストならAIに代筆させ、数秒で送信できる。しかし、リアルタイムの対話は、その場に身体を運び、時間を共有し、脳をフル回転させなければ成立しません。

AIによる偽装が不可能な領域まで、選考の土俵を意図的にずらしたのです。

【ロジの視点】

多くの企業が効率化を求めてAI面接や動画解析へ流れる中、ロート製薬は「非効率の極み」を選ぶことで、逆張りの差別化を図りました。これにより、「手間をかけてでも、あなたの本質を見たい」という強烈なメッセージを学生に送ることができます。この採用ブランディングの効果は、人件費の増加分を補って余りあるでしょう。

同期性が暴く「生の情報」

対話の現場では、ごまかしが効きません。

予期せぬ質問を投げかけられた瞬間の、一瞬の沈黙。

答えを探して視線が泳ぐ様子。

自信なさげに、それでも懸命に言葉を紡ごうとする声の震え。

テキストデータではノイズとして除去されてしまうこれらの「非言語情報」にこそ、その人の思考プロセスや熱量が凝縮されています。

整えられた正解よりも、足掻(あが)きながらひねり出した拙い言葉の方が、遥かに情報量が多い。

ロート製薬は、AIがきれいに整地したテキストの表面ではなく、その下にあるデコボコとした人間の「生データ」を取りに行ったのです。

ポストAI時代の生存戦略:身体性の復権

リアルへの回帰は必然

この動きは、ビジネス全体への予兆です。

デジタル空間でのコンテンツ生成コストがゼロに近づくにつれ、反比例するように、物理的な制約を伴う体験やコミュニケーションの価値が急騰します。

メール一本で済む用件でも、あえて会いに行く。

オンライン会議で済む議論を、あえて膝を突き合わせて行う。

これまでは「非効率」と切り捨てられていた行為が、これからは「信頼の証」として再評価されるフェーズに入ります。

「わざわざ時間を割いて、生身の人間が目の前にいる」という事実が、最強の説得力を持つようになるのです。

借り物の言葉を捨てる勇気

これからキャリアを築く私たちが意識すべきは、AIという優秀なアシスタントに頼りすぎないことです。

少なくとも、自分が何者かを証明する重要な局面では、AIの補助輪を外さなければなりません。

準備された原稿を読み上げるプレゼンは、もうやめましょう。

それはAIの劣化コピーでしかない。

聞き手は、流暢なスピーチを聞きたいのではなく、あなたの脳がその場で思考し、言葉を選び取る、その「プロセス」を見ているのです。

KEY SIGNAL:

AIに代替されない価値は、生成された「結果」ではなく、その結果に至るまでの、泥臭く非効率な「対話のプロセス」の中にのみ存在する。

まとめ:効率化の果てに残るもの

今回のニュースは、AI時代における「人間性の再定義」を迫るものです。

要点を整理し、記憶に刻みましょう。

  • テキスト選考の終焉: AIによる均質化で、文章力は選考基準としての機能を失った。
  • コストこそが信頼: 容易に生成できない「対話」や「時間共有」が、最も信頼できるシグナルとなる。
  • 身体性の価値上昇: デジタルが飽和する中で、リアルの価値が相対的に高まっていく。
  • プロセスの評価へ: 完成されたアウトプットよりも、思考の過程や対話の質が問われる時代になる。

AIを使えば、誰もが平均点以上の答えを出せます。

しかし、人の心を動かし、状況を打開するのは、平均点からはみ出した「あなただけの違和感」や「偏り」です。

効率化の波に飲まれず、自分の言葉で、自分の声で語る泥臭さを大切にしてください。

以上、最後まで記事を読んでいただきありがとうございました。

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運営者は、ロジ。博士号(Ph.D.)取得後も、データ分析と人間行動の狭間にある真実を探求し続けています。

アカデミックな視点から、表面的なニュースだけでは見えてこないAIの「本質」を、ロジカルかつ熱量を持ってお伝えします。